3Dプリンターの医療分野活用について
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2023年2月26日
目次
3Dプリンターは様々な分野で活用が進み、医療分野でもその活躍の幅をどんどん広げています。3Dプリンター技術の進歩により、従来は難しかった手術や治療の方法が向上し、患者の治療を促進することができるようになっています。3Dプリンターを活用することで、医療機器の設計・製造が迅速かつ容易になり、患者にとってより安全で効果的な治療が提供できるようになっています。この記事では、3Dプリンターの医療分野における活用事例をいくつか紹介し、その効果について考察してみます。
3Dプリンター市場規模
3Dプリンターの市場は、様々な分野での活用が進んでいることから増加しています。Statistaの調査では、商業用3Dプリンター市場だけでも2021年で20億ドル、2028年には73.3億ドルまで市場規模が成長していくと試算されています。(参考:産業用3Dプリンティングの市場規模は2028年に73.3億米ドルに達すると予測~最新予測)
特に、医療分野での3Dプリンターの利用は大きな成長ポテンシャルを有しており、3Dプリンターは、患者の個別の形状に合わせて作られたカスタムな医療機器の製造や、手術前に患者の臓器を3Dプリントして詳細な手術プランを立てるなど、医療分野における革新的な技術として注目されています。
近年では、3Dプリンターを使用して人工骨や人工関節の開発が進んでおり、関節痛や骨折などの治療に利用されることが期待されています。また、医療器具の製造でも3Dプリンターが活用されており、補助具や義肢などの個別対応の製品をより迅速に製造できるようになっています。
このように、3Dプリンターの医療分野における利用は今後ますます重要性を増し、市場規模の拡大が期待されています。
3Dプリンターの医療分野への活用
では、3Dプリンターが実際に医療分野でどのように活用されているのか実例を挙げながら紹介していきます。
Stratasys Ltd.
アメリカに本社を構え、3Dプリンター市場で全体の40%のシェアを有する業界トップ企業であるStratasys社では、医療分野のソリューションとして、高精度3Dプリント技術を活用した手術シミュレーションの提供を行っています。
例えばJ850 Digital Anatomy 3Dプリンターでは、健康な血管も病変血管も再現できるような設定がされており、さまざまなコンプライアンスで血管モデルの触覚、機能、寸法を造形して、人体構造の学習や手術の練習等で活用できるようなソリューションを提供しています。
参考:Digital Anatomyソリューション
さらには、手術前に患者のCTスキャン画像などから3Dモデルを作成し、それを元に3Dプリンターで物理的なモデルを作成します。手術用の器具やインプラントを実際の手術前にこのモデルで試し、手術手技やアプローチ等の検討・術場にて使用する各種デバイスの決定など手術の際の最適な手順を検討することができます。
このようにStratasys社では、高精度3Dプリント技術を活用して手術シミュレーションモデルを作成し、医療従事者が学習用途や手術前に練習することを可能にするサービスを提供しています。これにより、手術の精度を向上させ、手術中のリスクを軽減することができます。
Formlabs
formlabsはアメリカマサチューセッツ州に本社をおき、MITの学生3人によって 2011 年 9 月に設立された会社です。光造形3Dプリンターや粉末焼結方式の3Dプリンターを製造販売しています。完全に筆者の主観にはなりますが、プロダクトデザインやソフトウェア・システムUIが洗練されており、個人的には結構注目している企業の一つになります。
formlabsも医療分野向けのソリューションを各種提供しています。
大きく3つの分野で活用が進んでいると考えております。
- 医療模型分野
- 医療機器分野
- 歯科口腔分野
それぞれ見てみます。
医療模型分野
患者のCTまたはMRIスキャンデータから造形ができるモデルを作成、造形、滅菌を行い、実際に現場で確認することができるソリューションを提供しています。formlabsのHPには、心臓手術(Cardiac Surgery)、脳神経外科(Neurosurgery)、整形外科(Orthopedic Surgery)、顎顔面外科(Maxillofacial Surgery)、外科腫瘍学(Surgical Oncology)、小児外科分野(Pediatric Surgery)の事例なども紹介されています。(詳しくは「formlabs Medical」)
医療機器分野
医療模型の分野では、主にプロトタイプ開発の高速化ができるソリューションの提供を行なっています。従来樹脂部品の作りたい場合には、射出成形や真空成形などが用いられていましたが、金型の作成から製造までにかなりのコスト(時間とお金)を要するため、それら開発が高速でできるソリューションを提供しています。
詳しくは、「formlabs 3D PRINTING FOR MEDICAL DEVICES」をご覧ください。
歯科口腔分野
formlabsの3Dプリンターは、高精度であるため、歯科用のモデルや、インプラント、矯正装置などの精密な部品を作成することができます。また、formlabsは歯科用に特化した樹脂素材も開発しており、歯科用途に適した生体適合性の高い材料を提供しています。
さらに、歯科医師や歯科技工士向けのソフトウェアも提供しており、スキャンデータを取り込んで、3Dモデルを作成することができます。これらソフトウェアは、治療プランの立案や矯正装置の設計などで、歯科医師や歯科技工士をサポートします。
また、formlabsは、歯科医療現場での3Dプリンティングの利用を推進するために、教育プログラムも提供しています。歯科医師や歯科技工士が3Dプリンティング技術を習得し、自らの治療に活用することができるよう支援を行うソリューションの提供をしています。
参考:formlabs Dental
このように、formlabs社は、3Dプリンティング技術を用いて、患者に合わせたカスタムフィットのソリューションを提供し、それらをサポートする学習教材等も提供しています。また、扱う材料は生体適合性のあるものを採用しており、患者の身体に適合し、快適に使えるプロステーシスを提供することができます。
materialise
materialiseは、ベルギーに本社を置く企業で、CADや3Dデータの編集ソフトウェアなどを開発提供しています。特に医療分野においては、3Dプリント技術を活用した手術ガイドの製造を行っています。手術ガイドは、手術の計画や実施に役立つ正確な情報を提供するために使用されます。
手術ガイドの製造プロセスは以下のようになります。まず、医師が手術の計画を立てます。次に、CTやMRIなどの画像データを取得し、materialiseのソフトウェアを使用して3Dモデルを作成します。この3Dモデルは、手術ガイドの設計に使用されます。
手術ガイドは、ポリマーなどの生体適合性材料で造形され、手術のプロセスを容易にするために設計されています。この手術ガイドは、手術中に医師が使用する手術器具の選定、患者に最適な切開・骨切り位置を示します。この手術ガイドは、手術時間を短縮し、手術中の出血や合併症のリスクを減らすことができます。
materialiseは、手術ガイドの製造だけでなく、オーダーメイドのインプラントやプロテーゼの製造、医療用モデルの製造、および手術前のシミュレーションにも取り組んでいます。3D×医療の分野で、パーソナライズ化されたソリューションの提供を行なっています。
詳しくは「materiallise 医療分野向け」をご覧ください。
EnvisionTEC
EnvisionTECは、アメリカミシガン州に本社を、ドイツにグローバル本社を置く企業です。3Dプリンター及びそれら材料の開発・製造・販売を行う企業で、医療分野においては生体適合性及び薬品接触材料(=医療機器や医薬品の包装など、医療分野で使用される材料のうち、医薬品と接触する可能性のある材料)の開発やそれらを造形する3Dプリンターの開発を行なっています。
EnvisionTECのバイオマテリアルは、医療機器やインプラント、義歯などの製造に使用されており、これらの製品はFDA(米国食品医薬品局)の承認を受けています。また、同社のバイオマテリアルは、生体適合性が高く、炎症反応が起こりにくい特徴があります。
EnvisionTECは、自社で開発したDLP(デジタルライトプロセス)技術を用いた3Dプリンターを使用して、バイオマテリアルの3Dプリントを実現しています。同社のDLPプリンティング技術は、高精度かつ高速で、複雑な形状のオブジェクトでも正確にプリントすることができます。さらに、同社はオープンマテリアルシステムを採用しており、様々なバイオマテリアルを使用することができます。
EnvisionTECのバイオマテリアルを使用した製品は、医療機器メーカーや研究機関、医療施設などで使用されております。
参考:EnvisionTEC healthcare
HP
パソコンやディスプレイなどが有名なHPですが、実は3Dプリンティング市場にも参入しており、MJF(Material Jet Fusion)技術を用いた大型3Dプリンターなど広範な用途に利用される3Dプリンターを販売しております。
HPでは、医療分野でも様々なソリューションを提供しており、HPは病院内の医療機器や医療用具を3Dプリントできるソリューションを提供しています。このソリューションは、病院内で使用される様々な製品を、高速でかつ精度の高い3Dプリントで製造することができます。例えば、治療用のモデル、病院内での手術用具、さらには義肢や人工関節など、様々な医療用具を製造することができます。
また、HPは歯科分野においても、3Dスキャン技術や3Dプリント技術を活用したソリューションを提供しています。具体的には、歯科医師や技工士が患者さんの口腔内をスキャンし、そのデータを元に矯正装置や入れ歯、クラウンなどを3Dプリントで製造することができるシステムを提供しています。
さらに、HPはバイオプリンティングにも力を入れており、細胞やバイオマテリアルを用いた生体部位や臓器の3Dプリント技術の開発にも注力しています。現在は、生物組織の再生医療に応用することを目的として、細胞を培養するための特殊なカートリッジや、細胞を植え込むための特殊な基板などが開発されています。
参考:HP 3D printing medical devices for optimal patient outcomes
3Dプリンター × 医療分野の今後
これまで述べてきた実例はあくまで代表的な例であり、ご紹介していない様々な活用例が世界中にあるでしょう。今後3Dプリンター技術の発展に伴い、医療分野でも活用の幅を広げていくと考えておりますが、どんな未来があるのか少し考えてみます。
すでに活用されれている事例とその発展や、昨今のニュースなどからいくつかまとめてみました。
- カスタムメイドの医療機器:すでにカスタムメイドの医療機器の製造が行われていますが、この分野はさらに発展を見せていくのではないと思います。3Dプリンティング技術は射出成形や真空成形などと比較して大量生産品には不適でありますが、コストが高くつく一点物の機器製造においてそのバリューを発揮します。すでに患者の体格に合わせて作られたカスタムメイドの医療機器、例えば義手や義足、装具、義歯、そして人工臓器などを製造するために活用されており、これら分野では活用がさらにおこ縄割れていくと想定されます。従来の製造方法では困難だった複雑な形状や構造の部品や器具も可能になり、より快適な装着感や正確なフィッティングが実現できます。3Dプリンターを使った義足製造を行なっているスタートアップ「インスタリム」なども注目です。
- 手術の訓練やプランニング:3Dプリンティング技術を使用することで、医師は手術の訓練やプランニングにおいて、リアルなモデルを使用することができます。これにより、手術中に発生するリスクを減らし、手術の成功率を高めることができます。この分野はまだまだ導入されていない医療機関も多く、メリットがあれば導入が広がっていくのではないかと思います。
- 生体内の組織や器官の再生:3Dプリンティング技術は、生体組織や器官の再生にも応用されています。例えば、生体組織のプリント技術を利用して、患部の再生医療を実現することが期待されています。バイオプリンター分野は本記事にはまとめておりませんが、近日中に詳しく記事をまとめみるつもりです。
- 医療用具や部品の製造の迅速化:3Dプリンティング技術は、医療用具や部品の製造を迅速化することができます。緊急時にも対応できるよう、院内に適切な設備があれば必要な部品や器具を即座に製造することが可能です。誰がメンテナンスを行うのか、導入するほどのニーズは本当にあるのかは、検討が必要でしょうか可能性としてあり得るのではないでしょか。ちなみに、歯科用3Dプリンターは多くのクリニックですでに導入がされており、歯科口腔分野からその他分野でも広がりを見せるのでは?と考えております。
今後は、3Dプリンティング技術が医療分野においてますます広がることが期待されています。3Dプリンターは医療現場において患者にとって最適な医療サービスを提供するための、革新的かつ有望なソリューションであるでしょう。
まとめ
3Dプリンターと医療分野の事例についてご紹介しました。すでに様々な分野で活用がされている3Dプリンターは、今後医療分野においてもその活躍の幅が広がると思われ、最終的には我々のうける医療サービスの質向上にもつながっていくのではないでしょうか。
一方で、医療模型分野などは市場規模がそこまで大きくはないため、更なる開発投資がなされるにあたっては、3Dプリンター×医療の新たな活用を模索していく必要があるのではないかと個人的には考えております。
今後も定期的に3Dプリンター×医療分野の動向はウォッチしていたいと考えております。